シャバにいるあいだに書いときましょ。
シャバダバシャバダバ〜〜〜〜♪
推敲&ダメだし協力:ローズマリー秀輝
深夜にベルが鳴る。
ああ、今夜は疲れてたから、着信音をサイレントにするのを忘れていた。
ベルは鳴り続ける。 時計を見ると、午前3時すぎ。
無視して私の眠りを優先すれば、あした、もしくはあさって、に
私の罪状がきっと重くなるから、受話器をとった。
親友、ということにされている私は、ほんとうに人が良い。
どうしたの?
待ってました、と彼女は喋りはじめる。
今、今ね、手首を、切ったの。辛いの、死にたいの。助けてくれるの、
あなたしかいないから、ごめんなさいね、こんな時間に。
できれば、だけど、日曜の昼間とかに、切ってくれると助かるんだけどなあ。
だって、私は今、とても眠い。
彼女は泣いているようだけれど、なぜ泣くのか、よく、わからない。
私は精一杯のサ−ヴィスを、してるのに。
ああ、理由か、と思って、
どうして、切っちゃったの? と聞く。
私、生きてるのがもうイヤなの。だって、辛いことばかりだもの。
生きてたって、いいことなんかなんにもないんだもの。
ずいぶん、失礼な言い分だなあ、と私は思った。
だって、こうやって非常識な時間帯に、叩き起こされても怒りを出さない
私、の存在はいいこと、ではないらしい。
まあそこは譲ろう。邪険に扱われることには、私は慣れてるから。
いいことがないから、死ぬ。
生きていても、楽しくないから、死ぬ。
ほんとうにそれが理由で人が死んでいったら、この世はとっくに
滅びている。人間の精神てのは、バカみたいにタフなのだ。
その証拠を、私はたった今、リアルタイムで見ている。
彼女は、私にこの手の電話をかけるようになる前は、自分の男に
かけていたのだ。それこそ、昼も夜もなく。
男が当然のように逃げてしまったから、ほこ先が私にまわってきたのだ。
また、他に男を見つければ、きっと私は用なしになって(それはそれで
私はありがたい)、彼女は確実に生き続ける。
男を見つける手練手管なら、私よりはるかに上手いのだし。
彼女の手口はいつもこうだ。
少しアルコールが入ったところで、そっと自分の傷跡を見せ、
(かすり傷だし、いつも)、こう言うのだ。
あたし、強いように思われてばかりいるけど、あなたの前だけでは、
弱いあたしを見せても、いい?
うまいっ!テクニシャン!と思わず喝采してしまう。
男は男で、自分がいないと、この子はダメなんだ、と優越感を感じて、
あっさりと落とされてしまう。
そこで男が引いてしまった場合、彼女の言い分はこうだ。
しょせん、あの程度の度量の男、あたしにはふさわしくないのよ。
ぶはははははははは。
もう笑うしかないんだけれど、
それだけの図太さがあって、死にたいなんて台詞を吐くのは、ねえ、
矛盾、ってやつじゃないですか?
あと、男は弱い女が好き、って思い込みも、あのー、今もう、
平成なんですけどー、と言いたくなる。
彼女は死なない、と私は確信をもって言える。
なにかにつけ、すぐ、あれを飲めば死ねるらしいわ、とか、
こういう自殺方法があるらしいの、とか、せっかくの
休日のカフェにふさわしくない話題を持ち出すけれど、
彼女は、確実に、死なない。
私のカフェラテをまずくすることには罪悪感は感じないのに、
自分が生きていることには、罪悪感を一人前に感じているらしい。
目の前で生きている人間を不愉快にするのは、彼女の理屈だと、
自分は弱くて、辛い思いばかりしているから、健康なあなたには、
聞く義務があるの、で片がつくらしい。
あと二回だけ、我慢してやろうかな、と私は思いはじめた。
あと二回、同じように私の眠りまで奪うような真似をしたら、ぜひとも
こう言って差し上げたい。
ねえ、じゃあ、死ねば?
死にたいんでしょ?
手首なんて、いくら切ったって死なないわよ。
教えてあげるわよ、私が。
どうやったら、ほんとに死ねるか。
私の母親が使った手段で、なんだか手あかがついてるみたいで、
申し訳ないけれど。
あなたに死ぬ死ぬ、って騒がれるのもけっこうな迷惑だけれど、
私個人の意見としては、死んでくれたほうが、ぐっすり眠れて
すごく助かるんだけど。
私知ってるから。
あなたは、ほんとは死ぬ気なんかないってこと。
できれば、死んで欲しい、ってのが私の意見だけれど。
あ、あと言い忘れてた、
あなたが使ってるその剃刀、それに私の血液、付いてるから。
私、HIVのキャリアだって、話したかどうか、忘れちゃったわ。