生きるとか死ぬとかって、あんまり差がないような気がするんだけど。
推敲&ダメだし協力:ローズマリー秀輝
山へ、行こうと思った。
ハイキングなんてお気楽な目的じゃなくて。
でもぼくらは、今、とても楽しい気分でいる。
これからぼくらがやろうとしていることが、
何よりもぼくらがずっとずっと、願っていたことだから。
彼女は大好きなビールをうまそうに飲み、
ぼくはやはり大好きなマリファナを吸っていた。
天気は、2月にしては気温もほどよくて、ああ、これが
行楽日和というやつだな、とぼくは嬉しくなった。
なにがぼくらをここに呼んだのか、
むしろ、呼ばれた、というより、綿密に計画をたてる性癖の
きみが、ここなら間違いないわ、と言うから、ぼくは素直に
従っただけだ。きみの言うことは、なにひとつ間違いがないって
こと、ぼくがいちばんよく知っている。
ぼくは、きみのことしか、信じていない。
きみの言うこと、やることなすこと、すべてがぼくにとっての
ナビゲート。きみは完璧なナビだ。いつだって、正しい道しるべ。
だから、今、ぼくらはここにいる。
目の前に広がる、海が綺麗だから。
太陽が、あたたかいから。
きみが産まれて育った町には、海も山もあって、
年中を通して気持ちのよい気候だと、ぼくはきみに
何度も聞かされていた。
それを聞くたび、ぼくは少しうらやましくなったものだ。
東京生まれの東京育ち、なんて、よっぽどの田舎者でも
ない限り、だっせえの、で終わるだけだから。
今、ぼくらがいる場所は、自然だけで、人間のいやらしさとか、
余計な欲望とか、体裁とか、そういうものがいっさいない。
それが、ぼくの気に入った。
さすが、きみは本物を見極める目を持っている、と我ながら
自分の女を賞賛したい気分だった。
ぼくが選んだのは、最高の女だった。
それだけで、ぼくはほとんど、満たされている気持ちになれた。
自画自賛になるけれど、ぼくは審美眼には、ぜったいの自信を
持っていたのだ。
そして、やっぱりそれは、正しかった。
くだらない女とただセックスをするだけなら、悪いけれど、
ぼくにはいくらでもチャンスはある。常に。
でも、無駄な精液とか、体力を使うのが、ぼくはイヤで、
女の誘惑を全部、はねのけてきた。
だって、無駄なトレーニングをしたって、本来の試合で
いいパンチは、出せないじゃないか。
ぼくは無駄なことをするのが、なによりも嫌いだ。
だからこそ、きみを選び、きみだけを見て、きみだけを
愛した。
だから、ぼくらは今、ここにいる。
出逢ってしまったからには、最後まで付き合うのが礼儀だと、
ぼくはずっと習ってきたから。
きみが死を選ぶのなら、ぼくをおいていかれちゃ、たまらない。
きみはギリギリまで、あんたを巻き込むの、イヤだわ、と
言い張っていたけれど、これはぼくの選んだことだ。
ぼくは、きみに、どこまでだってついてゆく。
手をつなぐ?ときみが言うから、いいよ、もちろん。と
ぼくは言った。
美しい崖を視界のはしっこに入れながら、ぼくはほほ笑んだ。
さよなら。
きみ以外の誰もに、さよなら。